要約
猫伝染性腹膜炎(FIP)は、猫コロナウイルス感染が原因となって起こる免疫介在性の疾患で、特に集団飼育施設でよく認められます。ほとんどの猫は誕生後すぐに他の猫の糞便などから猫腸コロナウイルスに暴露しますが、そのほとんどは、無症状もしくは軽度の腸炎を示すのみです。
しかし、一部の猫、特に若齢の猫や多頭飼育環境下の猫では、猫伝染性腹膜炎(FIP)を発症することがあります。
猫コロナウイルス感染猫のうち、12%程度がFIPを発症します。
FIPを発症する要因として、猫コロナウイルス感染猫へのストレスがきっかけと考えられていますが、それにより猫コロナウイルスが猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に変異を起こすと考えられています。
感染
FIPの発症要因となる猫コロナウイルスの感染源は主に糞便です。つまり、猫用トイレが主に感染場所となります。唾液中に猫コロナウイルス遺伝子が検出されることがあるので、食器の共有には注意が必要ですが、実際には食器の共有によって感染することはほとんどありません。
猫コロナウイルスに感染した猫と一緒に住んでいる場合(特にトイレを共有している場合)、ほぼすべての猫が猫コロナウイルスに感染します。
猫コロナウイルス感染猫の9頭に1頭(約12%)は、致死性の疾患であるFIPを発症します。
猫コロナウイルスは、屋外や多頭飼育施設などありとあらゆるところで感染する可能性があり、実はほとんどの猫が一度は猫コロナウイルスに曝露したことがあるといっても過言ではありません。そのため、多くの健康猫が猫コロナウイルス抗体陽性を示しますが、ほとんどの猫はFIPを発症しません。つまり、猫コロナウイルスに感染しても、FIPを発症するとは限りません。また、便中に排出される猫腸コロナウイルスも陰転する(検出されなくなる)こともあります。
多頭飼育環境においてFIPが発生してしまった場合でも、FIPそのものが猫から猫へ水平感染することはほとんどありませんが、FIP発症の原因となる猫コロナウイルスの水平感染は十分にあり得ます。(FIPの水平感染の報告はまれですがあります)
猫コロナウイルスに感染しないように気を付けることでFIP発症を回避できるとされていますが、猫コロナウイルス感染猫と一つ屋根の下に暮らしている以上はほぼ感染は免れないため、多頭飼育下に一頭でも猫コロナウイルス感染猫がいる場合、現実的に他の猫が猫コロナウイルスへの感染を回避することは厳しいといえます。
FIPVへの突然変異
猫コロナウイルスのうち、胃腸炎を起こす猫腸コロナウイルス(FECV)が、腸管内で突然変異を起こして猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)へと変わり、腸管内から血液中に侵入し体内に広がることで発症します。
その変異の要因として、ストレス、猫自身の体質、ウイルス自身の性質、など様々な要因が挙げられていますが、本当のところはわかっていません。ストレスが引き金とよくいわれる理由として、集団飼育によるストレスから免疫力の低下や自然抵抗性の低下が引き起こされることが考えられます。
猫白血病ウイルス(FeLV)や猫免疫不全ウイルス(FIV)などの感染による免疫抑制も、FIP発症率を高める原因となるといわれています。
好発年齢
猫の年齢もFIP発症に関わる重要な要因です。
FIP発症猫の約70%が1歳齢未満の猫といわれています。しかし、高齢の猫でもFIPを発症することがあります。
症状
FIPの病型は、多発性漿膜炎(腹腔や胸腔の浸出液貯留)と血管炎を特徴とするウェットタイプ(滲出型)と、各臓器における多発性肉芽腫性病変を特徴とするドライタイプ(非滲出型)、そしてそれらの混合タイプの3つになります。
ウェットタイプの方が進行が速く、診断後、2週間~1カ月程度で亡くなってしまうことも少なくありません。
一般的な症状としては、抗生物質に反応しない発熱、沈うつ、食欲不振、体重減少、黄疸(白目や歯茎が黄色くなる)、呼吸困難、おなかの張り、などが認められます。
ウェットタイプで胸水貯留がある場合は呼吸困難、腹水貯留がある場合はおなかの張りが認められます。
ドライタイプではどの臓器に病変が認められるかによって症状が異なります。腎臓に病変が形成された場合は腎腫大、消化管に形成された場合は嘔吐や下痢などの症状がみられます。また、ドライタイプでは、眼病変、すなわち、虹彩の色調変化、瞳孔異常、失明、前眼房出血などがみられることがあります。
まれに起立困難、痙攣発作、知覚過敏、行動異常などの神経症状を示すこともあります。
診断
ウェットタイプの場合は針吸引にて採取した胸水や腹水の性状やその液体中の猫コロナウイルスの存在の有無(PCR検査)と、症状、血液検査所見、リバルタ反応試験などの所見を総合してほぼ診断がつきます。このとき採取した胸水や腹水が黄色を呈していることが多いです。
ドライタイプの場合は超音波検査で肉芽腫性病変がはっきりと確認できれば、その病変に針吸引生検を行い、そのサンプル中の猫コロナウイルスの存在の有無(PCR検査)を調べることで診断がつくこともありますが、肉芽腫性病変が確認できない場合は、診断が困難なこともあります。
治療
レムデシビル、GS-441524、モルヌピラビルなどの抗ウイルス薬の投与により治療が可能になりました。
当院での詳しい治療内容は、こちらをご参照ください。
ワクチン
FIPウイルスに対するワクチンはこれまで数多く研究されてきましたが、残念ながら有効なワクチンが確立されていないのが現状です。
予後
治療しなければほぼ確実に亡くなってしまいますが、抗ウイルス薬による治療を行うと80~90%で治すことができます。ただし、治療には高額な治療費がかかることと、再発率は0%ではありません。
消毒
猫コロナウイルスは、猫の体外では比較的弱く、アルコール、クロルヘキシジン、次亜塩素酸、家庭用漂白剤、洗剤などですぐに死滅・失活されます。
しかし、乾燥した環境下では7週間失活しません。この間には、猫用トイレ、靴、手や服を介して間接的に感染する可能性がありますので、徹底的に消毒を行いましょう。

