~犬の皮膚がんの中で最も多い悪性腫瘍~
「肥満細胞腫」
1.肥満細胞腫ってなに?
ワンちゃんも高齢化の時代を迎えているなか、ワンちゃんの死因の第一位は腫瘍性疾患、いわゆる「がん」です。今回は、ワンちゃんの皮膚にできるがんの中で最も多いといわれる肥満細胞腫(ひまんさいぼうしゅ)についてのお話です。
肥満細胞って変な名前ですよね?
でも決して太っている子にできやすいとかいうわけではありません。
肥満細胞とは、ヒスタミンなどのアレルギーに関係する化学物質をはじめとしたさまざまな物質をふくむ顆粒を多数もった細胞のことで、肥満細胞腫はこの肥満細胞が腫瘍化(がん化)したものです。
皮膚以外にも全身あらゆる部位で発生の可能性があります。
肥満細胞腫が進行すると、近くのリンパ節や肝臓・脾臓などに転移することがあり、悪性度が高いほどその確率が高くなります。
名前だけ聞くとあまり悪そうな印象は受けないですが、基本的には悪性腫瘍です。
獣医界では別名「偉大なる詐欺師」ともいわれ、発生場所や見かけを問わず、他の腫瘍に類似することもあり、外科では切除範囲も広く、腫瘍に関連した症状(腫瘍随伴症候群)も起こすことから、決してあなどれない腫瘍の一つです。
2.肥満細胞腫の悪性度分類
皮膚にできた肥満細胞腫に対し、よく用いられる悪性度分類としては、
グレードⅠ(高分化型)
グレードⅡ(中程度分化型)
グレードⅢ(低分化型)
の3つに分けられ、グレードが高くなるほど悪性度が高くなります。
必ずしも言い切れませんが、ボクサーやパグなどの犬種に発生した肥満細胞腫は、グレードⅠ~Ⅱであることが多く、予後は良いことが多いといわれています。
グレードⅢの場合は、手術後の再発や、リンパ節・肝臓・脾臓への転移を起こしやすく、生存期間は1年以内といわれています。
3.症状
皮膚にしこりができます。多くは孤立性といって一カ所にできますが、多発性にできることもあります。
肥満細胞がもつ顆粒の中には、ヒスタミンやヘパリンなどのさまざまな物質が含まれますが、肥満細胞腫ではこの顆粒内の物質が放出(脱顆粒)することで、さまざまな症状が引き起こされることがあります。
代表的な症状としては、胃潰瘍やそれに起因する嘔吐、食欲不振などです。
また、腫瘍が大きい場合は脱顆粒による急激かつ大量のヒスタミン放出により、致死的な低血圧性ショックを起こすこともあります。
腫瘍をさわるなどの物理的な刺激によっても肥満細胞の脱顆粒は起こり、あざ、内出血、かゆみなどの症状(ダリエ徴候)を起こすこともあります。
また、肥満細胞腫はヒスタミンの脱顆粒具合によって日によって微妙に大きくなったり小さくなったりすることもあります。
4.肥満細胞腫はどうやって診断するの?
皮膚になにかしこりができたとき、まず最初の基本的な検査となるのは細胞診(針生検)といって、細い針を腫瘍に刺してその針の中にとれたものを顕微鏡で観察するという検査を行います。
肥満細胞腫では、細胞の中に青紫色の顆粒をたくさん含む細胞が多数みられるのが特徴となります。中にはなかなかこの顆粒が染まりづらく肥満細胞腫なのか判断がつきづらいケースもありますが、多くの場合はこの細胞診検査によって肥満細胞が多数確認され、肥満細胞腫の診断がつきます。
5.治療法
肥満細胞腫の治療としては、外科手術、放射線治療、抗がん剤治療、分子標的薬治療などが適応となります。
① 外科治療
肥満細胞腫の治療の第一選択は腫瘍の外科切除です。
肥満細胞腫の場合、腫瘍の周りの見た目正常に見える部分にも肥満細胞が散らばっているため、腫瘍の周りの正常な皮膚も含め、広く切除する必要があります。基本的には腫瘍の周り半径2~3cmを含めて切除する必要があり、直径1cmほどの小さい肥満細胞腫でも、直径5~7cmほどの円形の皮膚欠損が生じることになります。
しかし、発生した場所によってはそんなに大きく切除することができない場合もあります。
その場合、下の放射線治療や内科治療を組み合わせて手術を行うケースもあります。
切除した腫瘍は病理組織検査に送り、悪性度分類をしてもらいます。
悪性度が低い肥満細胞腫では外科切除のみで根治または良好な予後が期待できますが、悪性度が高い肥満細胞腫では手術したところに腫瘍の再発を起こしたり転移しやすいため、手術後に放射線治療や抗がん剤治療を行っていくのが一般的です。
② 放射線治療
場所的に腫瘍の周りを大きく切除することができない場合は手術前に、悪性度が高い肥満細胞腫では手術後に、放射線治療が適応となる場合があります。
皮膚にできた肥満細胞腫では、放射線治療も有効なことが多いですが、あくまで放射線治療単独ではなく、外科切除との組み合わせが適しています。
ただし飼い主様にとっては、放射線治療を実施できる施設が限られていること(病院までの距離の問題)、全身麻酔が頻繁に必要なこと、治療費が高額であることなど、ハードルの高い一面があるのも実情です。
③ 抗がん剤治療
高悪性度(グレードⅢ)または転移の認められる肥満細胞腫では、外科治療や放射線治療などの局所療法だけではなく、術後に抗がん剤治療を組み合わせることで多くの場合生存期間の延長が期待できます。
④ 分子標的薬治療
分子標的薬とは、肥満細胞腫に対し近年新しく用いられるようになった飲み薬です。大きなくくりでは③の抗がん剤治療と同様に化学療法に含まれますが、正常な組織、腫瘍化した組織を問わずに攻撃する③の抗がん剤治療とは異なり、腫瘍化そのものに関わっている分子を標的(ターゲット)とした治療となります。そのため、正常な組織がダメージを受けない分、③の抗がん剤治療よりも副作用が出にくいのが特徴です。分子標的薬治療は、決して①~③の従来の治療法に替わるものではありませんが、①~③の治療法を駆使しても治療が困難な場合、この分子標的薬が有効なことがあります。このお薬の有効性については、切除した腫瘍組織を用いたc-kit遺伝子変異検査という特殊な検査で事前に予測することができます。この検査が陽性の場合、分子標的薬の効果は100%といわれています。副作用が少ない反面、このお薬のデメリットとしてお薬が高額であることがあげられますので、かかりつけの獣医師と相談のうえ、可能であれば投薬前にこのc-kit遺伝子変異検査を行うことが推奨されます。
⑤ その他の治療薬
ステロイド…腫瘍細胞に対する直接的な増殖抑制効果と、腫瘍周囲の炎症や浮腫を軽減します。
抗ヒスタミン薬…肥満細胞がもつ顆粒から放出されるヒスタミンなどの物質によって引き起こされる症状を防止・軽減するのに用いられます。
6.予防法
残念ながら肥満細胞腫の発症を予防する特別な方法はなかなかないのが現状です。普段からからだをよくさわるようにして、もしどこか腫れていたり、しこりに気づいたら早めに動物病院を受診するようにしましょう。
また、定期的(たとえば年に1~2回程度)にペットドックを受けることで早期発見につながるかもしれません。